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専門医に聞くpresented by 小豆畑病院

presented by 小豆畑病院

06ピロリ菌除菌による胃がん予防

小豆畑丈夫先生(消化器外科、救急科) 2018-7-20 Update

胃がん患者の99%は
ピロリ菌に感染していると
いう事実があります。

胃がん患者の99%は
ピロリ菌に感染していると
いう事実があります。

40歳以上の日本人の半数以上が感染しているといわれる「ピロリ菌」。人の胃の中に住む細菌ですが、近年の研究により、この菌が胃がんや胃潰瘍などさまざまな病気の原因になっていることが明らかになってきました。
そもそも、ピロリ菌とはどのような細菌で、私たちの健康にどのような影響を及ぼすのでしょうか。また、どうすればピロリ菌を除菌できるのでしょうか。約20年にわたりピロリ菌の除菌治療に取り組んでいらっしゃる小豆畑丈夫先生にうかがいました。

聞き手:相山華子(ライター)/写真:西山輝彦

CONTENTS
1
強酸性の海を泳いでも死なない細菌
2
ピロリ菌がいると、胃潰瘍は再発しやすい
3
ポイントは4カ月後の胃カメラ検査

強酸性の海を泳いでも死なない細菌

——

ピロリ菌という名称は、近ごろは健康診断の場でも聞くようになりました。具体的にどのような菌なのでしょうか?

小豆畑

ピロリ菌とは、正式にはヘリコバクター・ピロリと呼ばれる4ミクロン(4/1,000㎜)ほどの細菌で、胃や十二指腸の粘膜にすみつきます。

胃の中は酸性度がきわめて高く(pH1~2)、ピロリ菌が活動するために最適な環境(pH6~7)とはいえません。しかし、ピロリ菌は「ウレアーゼ」という特殊な酵素を持っており、そのおかげで強酸性の胃の中でも生きていけます

——

ウレアーゼとはどのようなものでしょうか?

小豆畑

ウレアーゼは胃に含まれる尿素と反応してアルカリ性のアンモニアをつくる酵素です。このアンモニアがピロリ菌周囲の胃酸を中和して中性に近い環境をつくり出すので、ピロリ菌は強酸性の胃の中でも生きていけるのです。

しかもピロリ菌は菌体に4~8本生えている「べん毛」を使って螺旋型の本体をスクリューのように回転させ、胃の中を自在に動き回ります。べん毛の回転は1秒間に100回転くらい、人間でいえば100mを5.5秒くらいのスピードで胃の中を泳ぎます。

胃は内腔よりも粘液層の中のほうが酸が弱いので、そういう場所を探して移動するのです。一説にはべん毛が酸度を測るセンサーの役割を果たしているともいわれています。

——

細菌とはいえ生命体としての力を感じますね。

小豆畑

じつはピロリ菌については、100年ほど前から胃の中に螺旋型の細菌がすみついているという説が医学界にありました。しかし、酸が強い胃の中で細菌が生きられるはずはないという説のほうが有力でした。

そんな通説を覆したのが、オーストラリアの病理学者ロビン・ウォレン(1937-)です。彼は1979年に胃炎患者の胃の粘膜に螺旋型の細菌(ピロリ菌)がいることを発見。そして、同じ病院で研修医として働いていたバリー・マーシャル(1951-)とともに研究を続け、1983年、ついにピロリ菌の培養に成功、ピロリ菌が胃の中で生きていることを証明しました。

——

1983年といえば今から35年前ですから、比較的最近の話ですね。

小豆畑

そうなんです。

わりと新しい発見なので、ピロリ菌についてはまだ分からないことがいくつもあります。

ちなみにこの研究はかなり難しかったようで、2人はピロリ菌の培養をなかなか成功させることができませんでした。いまでこそ、ピロリ菌の培養には4~5日要することが分かっていますが、当時はそれも分かりませんでした。

数年にわたり試行錯誤を繰り返していた2人を救ったのはイースター休暇でした。培養液に入れたピロリ菌を放置したまま休暇を取ったマーシャルが5日後に研究室へ戻ったところ、ピロリ菌の培養が確認できたのだそうです。

ただ、ピロリ菌と胃炎の関係を確認するまでには至らず、追い込まれたマーシャルは培養したピロリ菌を自ら飲みこんで急性胃炎になり、自分の身体でピロリ菌が胃炎を起こすことを証明しました。文字どおりカラダを張った研究です。これらの功績が認められ、ウォレンとマーシャルは2005年にノーベル生理学・医学賞を授与されています。

——

現在はピロリ菌と病気の関係についてどこまで分かっているのでしょうか?

小豆畑

ここ20年ほどの間に研究が進み、ピロリ菌やピロリ菌が引き起こす病気についてはさまざまなことが分かってきました。

私がピロリ菌の勉強を始めた20年ほど前は、「ピロリ菌が胃がんの原因になる」と言うと、周りの医師から「“虫(bug)”が湧いて胃がんになるなんて、そんなバカな話はないだろう」と白い目で見られたこともあります。しかし、いまでは胃炎や十二指腸潰瘍、胃がんなどとピロリ菌のあいだに一定の因果関係があることが明らかになっています。ほんの20年前まではそんな状況だったのです。

——

病気の原因になるのであれば、まずはピロリ菌の感染を防ぎたいものです。ピロリ菌はどのようにして感染するのでしょうか?

小豆畑

はっきりとは分かっていませんが、水や食べ物についたピロリ菌を食べたりなめたりすることで経口感染すると考えられています。現在、ピロリ菌の感染者が多いのはいわゆる発展途上国で、特に上下水道の整備が行き届いていないエリアや衛生状態の悪いエリアでの感染率が高くなっています。

——

日本は先進国の一つですが、年齢によっては感染率が高いですね。

小豆畑

日本は高齢になるほど感染率が高く、特に60歳以上では80%に上ります。これは、戦前から終戦直後にかけて上下水道がまだ十分整備されておらず、衛生状態がよくなかったためと言われています。逆に、衛生状態が改善された現代は感染者が減り続けています。

ピロリ菌に感染するのは主に免疫力の弱い乳幼児期で、成人後の感染はほとんどありません。したがって、衛生状態のよい現代の日本で、今後ピロリ菌患者が増加する可能性はきわめて低いと言えるでしょう。

ただし、ピロリ菌に感染している大人の唾液や体液を介して乳幼児がピロリ菌に感染するおそれは大いにあります。子供にピロリ菌を移さないためには、ピロリ菌感染の有無が確認されていない大人は、むやみに子供にキスをしたり、口移しで食べ物を食べさせたりすることを控えるべきでしょう。

 

 

(つづく)

小豆畑丈夫

小豆畑丈夫azuhata takeo

青燈会小豆畑病院病院長

専門

消化器外科、救急科、ピロリ菌除菌

1995年、日本大学医学部卒業後、同大学第一外科・消化器外科に入局、がん診療を中心に消化器外科のトレーニングを積む。日本大学医学部大学院在籍中の1999~2001年に米国アイオワ大学病院小児外科においてがん遺伝子の研究に従事。2004年、がん遺伝子の研究で日本小児外科学会優秀論文賞を受賞。2006~2016年、日本大学医学部附属板橋病院救命救急センターにおいて急性腹症・外傷の手術を中心に臨床と研究に従事。
2016年、青燈会小豆畑病院病院長、救急・総合診療科部長に就任。2017年には日本在宅救急研究会を発起人として立ち上げ。また、日本救急医学会高齢者救急委員会の委員として日本の高齢者救急の問題解決のための研究を行っている。

専門性に関する資格

日本救急医学会 専門医、指導医
日本外科学会 専門医、指導医
日本消化器外科学会 専門医、指導医、消化器がん外科治療認定医
H.Pylori(ピロリ)菌感染症学会 認定医
その他、専門医など多数