40歳以上の日本人の半数以上が感染しているといわれる「ピロリ菌」。人の胃の中に住む細菌ですが、近年の研究により、この菌が胃がんや胃潰瘍などさまざまな病気の原因になっていることが明らかになってきました。
そもそも、ピロリ菌とはどのような細菌で、私たちの健康にどのような影響を及ぼすのでしょうか。また、どうすればピロリ菌を除菌できるのでしょうか。約20年にわたりピロリ菌の除菌治療に取り組んでいらっしゃる小豆畑丈夫先生にうかがいました。
聞き手:相山華子(ライター)/写真:西山輝彦
40歳以上の日本人の半数以上が感染しているといわれる「ピロリ菌」。人の胃の中に住む細菌ですが、近年の研究により、この菌が胃がんや胃潰瘍などさまざまな病気の原因になっていることが明らかになってきました。
そもそも、ピロリ菌とはどのような細菌で、私たちの健康にどのような影響を及ぼすのでしょうか。また、どうすればピロリ菌を除菌できるのでしょうか。約20年にわたりピロリ菌の除菌治療に取り組んでいらっしゃる小豆畑丈夫先生にうかがいました。
聞き手:相山華子(ライター)/写真:西山輝彦
ピロリ菌感染の有無は、どのようにして分かるのでしょうか?
感染の検査法は、胃カメラを使う検査と使わない検査に分かれます。胃カメラを使う検査は主に次の3つです。
①培養法
採取した胃の粘膜を培養して菌の有無を調べる方法で、検査結果が出るまでに5~7日かかります。
②病理検査(組織鏡検法)
採取した胃の粘膜を顕微鏡で観察し、菌の有無を調べる方法です。ピロリ菌は細菌の中では比較的大きいほうなので、一般的な顕微鏡でもその姿を容易に観察できます。この検査法はピロリ菌の有無だけでなく、炎症の強さやがん細胞の有無、がんになりやすい胃粘膜の有無などを同時に診断できるメリットもあります。ただし、採取した粘膜についている菌の量が少ないと判定が難しいことがあります。
③迅速ウレアーゼ検査
採取した胃の粘膜を特殊な液体と反応させ、色の変化を見て菌の有無を判定する検査です。菌がいた場合、液体の色が瞬間的に変化するので菌の有無がすぐに分かります。
一方の、胃カメラを使わない検査法とはどのようなものでしょうか?
胃カメラを使わない検査には以下のものがあります。
①尿素呼気試験
診断薬を服用して服用前後の呼気を集めて診断します。最も精度の高い検査法です。
②血液または尿中抗体検査
ピロリ菌に感染すると体の中に抗体ができます。この抗体の有無を血液や尿を使って調べる検査法です。最も簡便な検査法の一つですが、除菌後もしばらくの間は体内に抗体が残るので、実際には除菌できているのに陽性の結果が出てしまうことがあります。
③便中抗原検査
糞便中のピロリ菌を調べる検査です。除菌前の感染診断と除菌療法後の除菌判定に推奨されています。
現在、医療機関で最も行われている検査は、迅速ウレアーゼ検査と尿素呼気試験です。また、自宅や健診で簡易にできるのが血液または尿中抗体検査です。このうち、最も正確にピロリ菌の現感染を示すのが尿素呼気試験です。
どの方法でも構い ませんが、ピロリ菌検査の際は、私は同時に胃カメラ検査を受けることもおすすめしています。というのも、ピロリ菌感染者は非感染者の15~20倍という高さで胃がんを合併することが報告されているためです。
日本では胃カメラ検査を同時に行えばピロリ菌の検査・治療ともに保険適応となりますが、それはピロリ菌が胃がんリスクと関係しているためです。
ということは、ピロリ菌の感染が確認された人は、なんとしても除菌しなければなりませんね。
そのとおりです。
ピロリ菌は胃に炎症を引き起こし、それが胃潰瘍や胃がんなどさまざまな病気の原因になることが分かっています。感染が判明したら、すぐに除菌することが病気の予防や早期治療につながります。
ピロリ菌が関与している病気について、あらためて教えていただけますか?
日本ヘリコバクター学会のガイドラインには、ピロリ菌が主に次の病気の原因であること、もしくは病気に関与することが明記されています。ピロリ菌の除菌で、これらの病気の治癒や改善が期待できます。
・胃潰瘍
・十二指腸潰瘍
・胃MALTリンパ腫
・突発性血小板減少性紫斑病
・胃がん
・萎縮性胃炎
・胃過形成性ポリープ
・機能性ディスペプシア(上腹部不定愁訴)
・鉄欠乏性貧血
・慢性蕁麻疹
なかでも胃潰瘍と十二指腸潰瘍は、患者さんの80~90%がピロリ菌に感染していることが分かっています。また、胃潰瘍や十二指腸潰瘍の治療をしても、ピロリ菌の除菌をしていないと1年後にはかなりの高確率で再発することも分かっています。
逆に、ピロリ菌を除菌すれば潰瘍の再生はほとんどありません。この事実一つをとっても、ピロリ菌は一日も早く除菌するに越したことはないものと言えます。
ちなみに、潰瘍というと一般には大人が罹る病気というイメージがありますが、中学生くらいの子供でも胃潰瘍になることがあります。そういう子供を調べてみると、やはり多くの場合ピロリ菌がいることが分かっています。
胃がんについてはいかがですか?
胃がんも、患者さんの99%がピロリ菌に感染していると言われています。
また、胃がんは世界的に見ると日本人にとても多いがんであることが知られています。ただ、どうして日本人に多いのかについては、かつては醤油や味噌を好む食生活や日本人特有の生活習慣に原因があるのでは?という説があったものの、はっきりとしたことは分かっていませんでした。
しかし、ピロリ菌発見後にさまざまな研究が進んだ結果、いまはピロリ菌の感染率と胃がんの罹患率に大いに関係があることが明らかになっています。実際、ピロリ菌の感染者が減るにつれて、日本人の胃がんによる死亡率も低下しています。
そもそも、ピロリ菌が胃がんの原因となるメカニズムについては明らかになっているのでしょうか?
まだはっきりとは分かっていませんが、最近の研究ではピロリ菌によって引き起こされる慢性萎縮性胃炎が胃がんの前駆状態であることが明らかになっています。
ピロリ菌に感染すると胃の粘膜に炎症が起こります。感染が長く続くと、胃粘膜の感染部位が広がり、最終的には胃粘膜全体に広がって慢性胃炎となり、一部は胃潰瘍や十二指腸潰瘍へ進行します。
慢性胃炎になると、胃液や胃酸などを分泌する胃の粘膜の組織が減少し、胃の粘膜が薄く痩せる「萎縮」が起き、「慢性萎縮性胃炎」という状態になります。そうなると、胃液が不足して食べ物が消化されにくく、食欲不振や胃もたれの症状が現れます。
さらに萎縮が進むと、胃の粘膜が腸の粘膜のようになる「腸上皮化生(ちょうじょうひかせい)」という現象が起きます。胃がんの患者さんは、この腸上皮化生を起こしているケースが数多く見受けられます。私の経験では40代以降の人にこの現象が見られます。
そこまで詳しく分かっているのですね。
ええ。
1980~90年代に、ピロリ菌感染による「慢性萎縮性胃炎」が胃がん発生の前駆状態であることを示すさまざまな研究が行われました。そして1994年には、世界保健機関(WHO)が「ピロリ菌感染は胃がんの確実発がん因子である」と認定しています。
もちろん、ピロリ菌感染者のすべてが胃がんになるわけではありませんが、ピロリ菌の感染が胃がんになるリスク要因の一つであることに変わりはありません。
胃がんの発生リスクを少しでも下げるためにも、一日も早くピロリ菌感染の検査を受け、感染が分かったら、まず胃カメラ検査を受け、すぐに除菌治療に移っていただきたいと思います。
(つづく)
青燈会小豆畑病院病院長
消化器外科、救急科、ピロリ菌除菌
1995年、日本大学医学部卒業後、同大学第一外科・消化器外科に入局、がん診療を中心に消化器外科のトレーニングを積む。日本大学医学部大学院在籍中の1999~2001年に米国アイオワ大学病院小児外科においてがん遺伝子の研究に従事。2004年、がん遺伝子の研究で日本小児外科学会優秀論文賞を受賞。2006~2016年、日本大学医学部附属板橋病院救命救急センターにおいて急性腹症・外傷の手術を中心に臨床と研究に従事。
2016年、青燈会小豆畑病院病院長、救急・総合診療科部長に就任。2017年には日本在宅救急研究会を発起人として立ち上げ。また、日本救急医学会高齢者救急委員会の委員として日本の高齢者救急の問題解決のための研究を行っている。
日本救急医学会 専門医、指導医
日本外科学会 専門医、指導医
日本消化器外科学会 専門医、指導医、消化器がん外科治療認定医
H.Pylori(ピロリ)菌感染症学会 認定医
その他、専門医など多数