がんの治療法には主に、手術(外科治療)、化学療法(抗がん剤治療)、放射線治療の3つがあります。
なかでも化学療法は、近年の目覚しい進歩により、手術後の再発を抑制したり、がんの進行を遅らせたりする効果が飛躍的に高まっています。
今回はがんの化学療法、免疫療法にお詳しい柴田昌彦先生に、がん患者の増加にともなう社会状況の変化、また、化学療法と免疫療法の現状についてお話をうかがいました。
がんの化学療法(前編)
柴田昌彦先生(外科・がん治療) 2018-2-5 Update
いちばんの望みは、
化学療法で延びた寿命を
有効に使ってもらうことです。
いちばんの望みは、
化学療法で延びた寿命を
有効に使ってもらうことです。
がん患者の寿命を延ばす化学療法の進歩
発ガンのメカニズムについては、なんとなく理解できました。
では次に、がん治療の一つである化学療法について教えていただきたいと思います。
化学療法というのは、一般的には抗がん剤を使ってがんを治療する方法のことです。
近年かなりの進歩がありまして、化学療法を用いた患者さんの生存率はずいぶん高くなっています。
しかし、がんを完全に消し去ったとしても再発しない状態にまでもっていくことは、まだできていません。
特に消化器がんの場合は、化学療法でがんが消えるケースはきわめて稀です。
ですから、化学療法の効果というのは、がんが大きくならなければ「効果があった」、小さくなれば「もっと効果があった」というふうに考えます。
それは同時に、寿命が延びることを意味します。
つまり、化学療法というのは、がんと完全に縁を切ることはできないけれど、寿命を延ばすことはできる治療法ということですか?
ええ。
見方を変えれば、寿命を延ばすためだけに、患者さんに副作用を強いてしまう治療法ともいえます。
なるほど。
化学療法には、肉体的につらい治療や命に関わる治療もたくさんあります。
それでも、がんは完全には消えてくれません。
いくつかの治療を組み合わせて、寿命を少しずつ延ばしていくのが現状です。
ですから私は、化学療法を始める前に、患者さんには必ずその話をしています。
「抗ガン剤を使っても、がんは完全に治りません。でも、これくらいまでは寿命が延びます。寿命を延ばすために一緒にがんばりましょう」と。
また、「完全に治ることはないのだから、治って元気になったら何かを始めようと考えるくらいなら、いっそ治療自体をやらないという選択も重要です」とも言っています。
特に消化器がんにおいては、化学療法というのはそれが原則なんです。
患者さんの反応はいかがですか?
患者さんの状態にもよりますが、大腸がんであれば化学療法によって寿命が延びたとしても2年半~3年程度です。
それでも患者さんの多くは、その残された時間のなかで「やっておきたいことがあります」と言ってさまざまに過ごされます。
家族と一緒に旅行に行くとか、会いたい人に会いに行くとか、美味しいものを食べに行くとか。
昔に比べれば、抗がん剤によって寝たきりになるとか、命に関わるような合併症を発症するといったケースは減りました。
それでも、がん治療の進歩という点では、たかだか2年半ちょっとしか寿命を延ばせていない事実は変わりません。
私としてはそこが悔しいところです。
だからこそ、残された時間をどう使うかが重要になってくるわけですね。
ええ。
私たち医師のいちばんの望みは、治療を続けながら延びた寿命を患者さんに有効に使っていただくことです。
たとえば、いま私たちが使用している「フォルフォックス」という抗がん剤治療は、2週間から3週間に1度の治療でよいものです。
逆にいえば、2~3週間おきに治療をしなくてはならないのですが、場合によっては次の治療をプラス1週間先延ばしにすることも可能です。
そうなると1カ月は余裕ができますから、空いた期間に海外旅行することもできます。
つまり、「化学療法のホリデー」ですね。
「ホリデー」と言われると前向きな気持ちになりますね。
たとえば先生の患者さんは、どのようなホリデーを過ごしていらっしゃるのでしょうか?
頻繁にハワイに行かれる方がいらっしゃいます。
その患者さんは原発不明がんで、予後があまりよくない方です。
まだお若いのですが、ご家族の仲がとてもいいんですね。
私が、「治療の間隔を長くしてホリデー期間を設けますので、その間に好きなことをされたらいかがですか?」と提案したところ、彼は1年に3回くらいハワイに出かけるようになりました。
で、行くたびにどんどん元気になられている。
元気になって戻ってきたところで再び治療に入ります。
その頃にはすでに、次のハワイ行きの計画を立てていらっしゃる。
「先生、次はこの時期にハワイに行きますのでよろしく」という感じです。
そういうローテーションを続けています。
昔は、患者さん本人にがんを告知するかしないかが一つの山場でしたが、最近は本人にはっきりと告げてからが勝負なんですね。
いまでも、「本人には隠していたい」というご家族はいらっしゃいます。
しかし現在は、ご本人に病状と今後の治療方針を説明してからでないと治療を始められない原則になっているので、ご本人にがんであることを隠すケースはほぼなくなりました。
ただ、いざ治療が始まれば患者さん本人がいちばんつらいわけですから、ご本人に前向きに治療に取り組んでいただけるよう、私たち医師や看護師、病院が一丸となってサポートできるように努めています。
ところで、抗がん剤の副作用というのは、いまはだいぶ緩和されているのでしょうか?
そうですね。
昔に比べると、まったく変わってきています。
「良薬口に苦し」と言いますが、抗がん剤については、副作用の強いものが必ずしも寿命を延ばすわけではないことも分かっています。
同時に、吐き気止めの飲み薬、発疹を抑える塗り薬など、副作用の予防薬もかなり進歩してきました。
手指のささくれや炎症を抑えるテーピングなども開発されていますので、副作用を緩和する方法は、総合的にかなり進歩しているのではないかと思います。
それは心強いですね。
抗がん剤の進歩もそうですが、最近は1種類の抗がん剤だけを使うのではなく、複数の抗がん剤を組み合わせる治療が一般的になっています。
人によって「薬が合う・合わない」ということもあるのでしょうね。
アレルギーという面からいえば、明らかに特定の薬が合わない人もいらっしゃいます。
そして、「効く・効かない」という意味でも、効き方に個人差があるのは事実です。
先ほど「プレシジョン・メディシン」の話をしましたが、今後は遺伝子変異によって薬ごとの感受性が分かったり、副作用が予想されたりするようになるでしょうか、抗がん剤の選択もより一層上手にできるようになる時代がくるはずです。
(つづく)
柴田昌彦shibata masahiko
福島県立医科大学先端癌免疫療法研究講座教授
同、消化管外科講座教授
専門
消化器がんの化学療法・免疫療法、外科
1981年日本大学医学部を卒業、85年同大学院を修了後、30年以上にわたり一般外科および消化器がんの診療にたずさわる。日本大学第一外科および留学先の米国においてさまざまな手術をはじめとするがん治療とその研究に従事。阿伎留医療センター消化器病センター長、福島県立医科大学腫瘍生体治療学講座教授、埼玉医科大学国際医療センター消化器腫瘍科教授などを歴任。
2017年4月からは再び福島県立医科大学において胃がん、大腸がんを主体とする消化器がんの抗がん剤治療やがん免疫療法の実務、研究、開発に取り組む。がん以外にも一般・消化器外科の診療を専門とする。
専門性に関する資格
外科認定医・専門医・指導医
消化器外科認定医
消化器がん外科治療専門医
日本臨床外科学会評議員
日本癌病態治療研究会理事
癌免疫外科研究会理事